2009, October 29 - 16:30
菊池雄星がよく口にする言葉、
「人の心に何か残せるような選手になりたい」
かつて、こんなにも応援したくなる選手がいただろうか。

~以下、スポーツナビ コラム(田尻賢誉筆)より~
超高校級の人間力―花巻東・菊池雄星
花巻東・菊池雄星を表現する際によく使われる言葉だ。長い手足。180度開脚して胸が地面にべったりとつくほどの柔軟性。左右の手を組んだままで、腕が後ろに一回転するほどやわらかい肩甲骨。最速155キロを誇る速球。キレ味鋭いスライダー。夏の岩手県大会、甲子園を通じ57回3分の1で7四死球(1試合平均1.1個)の制球力……。それでいて、希少価値のある左腕だから、米大リーグが放っておかないのも無理はない。
だが、菊池の魅力はこれだけではない。ものの考え方、気づき力、心配り……。これには、会うたびに、話をさせてもらうたびに驚かされた。
超高校級の人間力――。
これこそが、“菊池雄星”をつくり出している。
■菊池がチームメートに愛される理由
日本プロ野球入りを決意した高校ナンバーワン左腕・菊池。ドラフト会議では複数球団からの1位指名が予想される【写真は共同】 菊池には、自分なりの哲学がある。それは、「背番号1を背負う以上、何でも一番でなければならない」というもの。だからこそ、何事にも手を抜かなかった。日ごろの私生活はもちろん、野球に対する取り組み、練習への心構え、全力疾走、ベンチでの声出し、毎日の野球日誌書き……。常に全力で取り組んできた。投手でありながら全力疾走を続けてきたことに対し、菊池はこう言っていた。
「100人部員がいる中で、20人しかベンチに入れません。全力疾走すらできない、(グラウンドで)声を出すことすらできない選手がたくさんいます。そう考えると、できる権利があるのに放棄する選手は納得がいかない。走ることすらできない選手に申し訳ないです」
ちなみに、全力疾走は試合だけではない。練習前のアップでも、終わりの印であるカラーコーンで減速することなく、コーンを越えて走っていた。
「試合では投手が一番注目される。普段は人が最も嫌がることをしなければ」と3年間やり続けてきたトイレ掃除については、こう話していた。
「投手にとって一番大事なのは、みんなに安心感を与えることだと思うんです。こいつで負けたらしょうがない。こいつとなら心中できると思ってもらえるか。ただ、信頼というのは1日や2日でできるものではない。3年間を通してしっかりやった者だけがつかめる。自分も、3年間そういう姿を見せたことによって、(試合で)逆転してくれたりとか、仲間が助けてくれたのかなと思います」
掃除を担当するトイレに客人が土足で入り、汚されたこともある。自分が嫌な気持ちになったことで、常に相手の立場になって考えられるようになった。菊池は大会中、データ班や打撃投手を買って出てくれるメンバー外の仲間に対し、自らのお小遣いで栄養ドリンクを差し入れしていた。そんな心遣いができるからこそ、実力が飛び抜けていながらも、チームメートから愛された。
とにかく好奇心旺盛で人の話をよく聞く。「トレーニング方法は日々進化していると思うので」とあらゆる手段で新しいトレーニング方法を仕入れ、積極的に自主練習に取り入れる。日米20球団の面談が入っていた期間も決して練習を休まず、下級生の練習終了後も一人残って黙々とトレーニングをしていた。常に成長したいという向上心は見上げるばかりのものがある。もちろんそれは、野球の技術的なものだけにとどまらない。菊池はよくこんなことを言っていた。
「野球の技術は年齢とともに衰えますが、心の部分は70歳になっても80歳になっても成長できると思います」
だからこそ、野球を引退後の夢も持っている。それは、教師になり、野球の指導者になること。その理由を菊池はこう説明する。
「野球の記録だけではなくて、何かを残したいからですかね。取り組む姿勢とか、そういう姿というのを自分だけで終わらすのではなくて、子供たちに伝えていけば、その人たちがどんどん下(の世代)に伝えていって、野球がもっと盛り上がると思うので」
ここまで考えている高校生がいるだろうか。
■日本プロ野球選択は決して回り道ではない
日米を巻き込んでの騒動となった進路問題は日本でプレーするという結論になった。普段から、野球以外のことも考え、全力で取り組んでいる菊池が熟考した結果。後々、必ずや「いい選択だった」と言われるときが来るだろう。
以前、変化球について尋ねたとき、菊池はこう言っていた。
「まずはまっすぐを伸ばす時期だと思いますが、タテの変化球を完成させたい。手が大きいので、フォークは投げられると思います。まっすぐ、スライダー、フォークの三本柱を磨きたい」
今流行りのツーシームや左投手特有のスクリューは最終手段。年齢を重ねてからでいいとも言っていた。150キロを超す速球を投げる投手がゴロゴロいるアメリカには、速い球は苦もなく打つ打者ばかりだ。そこに身を投じれば、当然、菊池のストレートでもはじき返される。その結果、いい当たりをされたくないという思いからツーシームなどの小さい変化球を覚えたくなる可能性もある。それでは、本末転倒だ。
高校野球とは違い、日本のプロ野球はストライクゾーンが狭い。打者の選球眼もいい。ここでピンポイントに投げられる正確な制球力を身につけることは、投手として一段上のレベルに行くことを意味する。一発狙いで振り回す打者が多く、制球力よりも球速や球威で勝負する投手の多いアメリカでは、この部分を磨くことは難しい。将来的にメジャーでプレーするために、実力を磨く舞台や環境はむしろ日本の方が多いかもしれない。
技術、能力、人間性。どれも申し分のない菊池。唯一、心配なのは人がよすぎる性格面だけだ。だが、それは菊池自身も自覚している。
「道を歩いていても、知らない人に『君はやさしすぎるから勝てないんだ』と言われたこともあります(笑)。勝負の世界になれば、お人よしではダメ。ときにはムキになって、牙をむくことも大事なのかなと思います」
“いい人”を捨て、若者らしい荒々しさでプロの世界に立ち向かってほしい。臆することなく、上から目線でプロの打者を見下ろして投げてほしい。牙をむき、日本球界を席巻して、数年後、胸を張って夢であるメジャーへ旅立ってほしい。日本選択は決して回り道ではない。
夢は正夢。
雄星ならできる。
吠えろ、雄星――。
<了>
2005, November 30 - 16:30
私は学生時代、日本史や世界史が好きだった。だから、自然とテストの点数もよかった。
でも、今を生きる僕等にとって、どうして過去を知っていなければならないんだろう。ずっと思ってた。
でも、ある程度歳を重ねた今は、歴史を知ること・歴史から学ぶことの意味がよくわかるような気がする。
いにしえの昔、ギリシャとトルコは悲惨な戦争をした過去があるらしい。ギリシャ人に言わせれば、トルコと和解するなんて考えられないという。「日本はアメリカに核を落とされてもどうして和解できるのか、日本は不思議な民族だ。」と思っている。
赤ん坊を守る時、欧米人は自分の背後に赤ん坊を携えファイティングポーズをとる。それに対し日本人は、赤ん坊を胸に抱え守ろうとする。ここに、国民性が如実に表れている。争いごとに闘争心を燃やし徹底的に闘う、どちらかというと積極的な欧米人。なるべく衝突を避けよう避けよう、物事をあいまいなままにし、うまくまるめ込もうとする、どちらかというと保守的な日本人。
どちらが良いか悪いかなんてことじゃないんだ。
大概の欧米人は、「対立することは大事だ。わかりあうために。」という。
では、我々日本人はどうだろうか。皆がそういうわけではないが、なるべく対立を避けよう避けようとする傾向がある。ぶつかりあわないで、包み込むのが美徳だというのもあろうが・・・。
私も、もうすぐ三十路だ。私は学生時代、もうこれ以上ないっていうほど世界が希望にあふれた経験とこれ以上ないっていうほど暗黒と化した経験をしたと思っている。かなり大げさにいえば。
だが、これから生きていく上で待ち受けている未来は、もっと過激でスリリング、より崇高な出来事に満ち溢れているものなのだ、酸いも甘いも。それを乗り越えていくためには、臆せずして向き合いしっかりと対立していくということが、なにがしろ必要不可欠だ。例え、わかりあえることなんてないと解っていても、傷つけあうためだとしても。
我々は、「対立」という言葉にネガティブなイメージをもちがちだが、「対立」というのはもっとポジティブなことなんだというイメージを備え付ける。
無論、対立することに苦悩は伴い容易なことではないが、そこから逃げないでわかりあおうとする意思が相手の胸にまっすぐに届いたとき、そこにはきっと明るい情趣・癒しや光明が潜んでいるに違いない。
2005, September 19 - 15:34

学生時代の同級生がまたひとり結婚するしないの選択に迫られているらしい。俺の友人関係の中では第二次結婚ラッシュ。
また、知人が大きな事故にあい、生死をさまよったらしい。
情報が嵐のようにせまりくる。
人はひとりで生きていないから、周りのそんな報告を受けると当然、自分の身に置き換えて考えさせられる。
何で結婚するんだろう。愛する人とずっと一緒にいたいがため、経済的な理由のため、世間体のため、安定した暮らしをしたいがため・・・・・
でも、昔と比べると結婚のメリットって実はすごくなくなってきている。社会のシステムがシングルであることを受け入れている。だから、晩婚化やシングルマザーなどが増えているんだろうな。
非日常的な事にはリスクが伴って、人はそのリスクを忘れてしまいがちだな。
自分で書いたブログを時々読み返してみる時がある。
うわ~なんじゃこのヘンテコな文章は!うぇ、なんてクサイこと書いてんだ、俺は・・・って思うときもあれば、お!いいこと言ってんな~、Oh ! fantastic . よく書けたなこんな文章って思うこともある。
考えや思ったことって何日も寝かせてから最終的に決断した方がいい場合が多い。そのほうが、客観的に冷静にものごとを見ることができるから。
でも、今書いている文章はあとさき考えずそのとき思ったことをなるべく飾らないで書いておきたいと思うこともある。後で読み返したとき、ありのままの姿がみえるから。ブログに掲載する事によって全世界から閲覧可能なわけで、たまに穴を掘って隠れてしまいたいほど恥ずかしくなる時もあるが、旅なんかして広大な台地や空や星を眺めていると「ほんとちっぽけでありんこのようなことだな、俺の身のまわりに起きてる事なんて」って思うからどうでもよくなる。
結婚という転機を迎え決断する人々。
Oh amazing ! What a wonderful world.
起きた事象に一喜一憂するのもいい。でも、日々は続いていく。まぎれもないこのリアルは淡々と時を刻んでいく。小説よりも奇なことが起きるリアルで、戻らない時の中、大いに活躍したい。だから、これからどんなことが起きてもそれに目を背けず受け入れ、自らそのリアルを切り開いていきたいと思う。
この荒んだしがらみを抱えた世、でもそういう厳しさの中でしか喜びや優しさは得られない。
2005, September 16 - 16:30
古くからの知人、もしくは俗に腐れ縁なんて呼ばれる人達との付き合い方についてふと考える。
ここ何年かで出会った人たちとの付き合いは、新鮮でさほど大したいざこざはなく比較的ナチュラルにいく。でも学生時代や古くからの知人や友人、そんな人たちとの付き合い方には自分の成長や寛容さがなければ成り立たない。その人たちといい人間関係を築いていかない限り、豊かな暮らしは訪れない。
各々の主観によって古きに編集された個は、なかなかそれを脱皮できない。固定されたイメージは、その姿を変えるのにいささか理解と寛容さが必要となる。
人は、生きていれば必ず成長する。外的圧力を受け、無意識または強い意思によってそれを内面から外に解き放つ。変化する事は成長することだ。いつまでも古い観念、美意識だけにとらわれ今というものが見えていないと個の主観による編集は、再編集できないという事だ。
まわりくどく抽象的に書いたが、つまり、変りゆくものを受け入れ自分の中で個に対する再編集を行う事こそがいい人間関係を生み出すと思うのだ。変りゆくものを温かい目で見守りたいものだ。
個の個に対する成長こそが、また希望ある未来として描き出される。Let us with up.
2005, September 9 - 16:30
最近、あらためてインターネットがもたらした我々の生活や文化について考えさせられる。
一昔前に携帯やパソコンが庶民にも一般的になってきた頃、はまっていたことがあったが、ここ何年かはとにかくデジタルなものからなるべく遠ざかるようにしてきた。利便性は高まったけど、新たに我々の生活にストレスをもたらしていると。
でも、最近は違う。過去の失敗や経験から携帯やパソコンを通じての人とのコミュニケーションのとりかたのコツをつかんできている。そう、誰もが。
人が進化していく上で、コミュニケーションのとり方に変化が現れただけで、結局時代は変わっても人が求めているのはいつの時代も同じだと思う。
だから、インターネットという手段を使ってもっともっと世界を広げ変えて生きたい。もっともっと活用して人生をより豊かにしなければならない。経験と知性や知識をもって。理論や計算を卓越して、より豊かな想像力&創造力を経てより崇高なものにしたい。
まだまだ、甘ったれですべてにおいて浅い自分。こんな文章を書いている自分を数年後、笑い飛ばしていたい。若かったと・・・。
かといって、あらゆるものを先回りしてこんなもんだと勝手に決めつけないで、やっぱり自分の目で確かめていたい。人間は二通りの人間しかいない。役目を与える人間、与えられる人間。すごく欲しいものがあって慎重に下調べしてからでないと動かない人間、まず自分の足で動いて自分の目でみて確かめてみる人間。
もっともっとアグレッシブに、活発な行動力で圧倒したい。
近頃の充電期間を経て、また動き出さなきゃな。
生きていく中で、バイオリズムがあるとしてその時期をそれなりに噛み締めながら生きていくとして、暮らしの中に仕事や趣味があるんであって、仕事や趣味の中に暮らしがあるわけではないのだ。あくまでも、暮らしを豊かにするための手段なのだ。その他のことは。
人は、関係するために生きるのではなく、生きるために時々関係していくのだから。
苦しんで苦しんであがいてもがいて、決断し執着していたものを手放したとき、人は本当に出会うべくして出会うのだから。